東京高等裁判所 昭和50年(ラ)729号 決定 1976年3月12日
抗告人(附帯被抗告人)
上野鈴子
右代理人
増淵俊一
相手方(附帯抗告人)
浅井安平
右代理人
佐藤秀夫
外一名
主文
原決定中附随条件部分金四〇万円とあるのを金一三〇万円と変更する。
その余の本件抗告及び附帯抗告を棄却する。
理由
抗告人代理人の抗告申立及び理由は別紙即時抗告申立書及び抗告理由記載のとおりであり、附帯抗告人代理人の附帯抗告申立及び理由は別紙附帯抗告状記載のとおりである。
抗告理由一について
抗告人は、別訴で相手方に対し栃木県宇都宮市南大通り二丁目五番四宅地一、三一〇平方メートルのうち178.83平方メートル(相手方が原審で提出した増改築許可申立書添付図面参照。以下本件借地という)上の原決定目録(一)記載の建物(以下本件建物という)が朽廃し本件借地権が消滅したことを理由に本件建物を収去の上本件借地の明渡を求める訴訟を提起しており、それが係属中であるから、その訴訟の結果が確定するまで本件増改築許可の裁判を中止しなければ違法で原決定は取消を免れないと主張する。
借地法八条の二、借地非訟事件手続規則による増改築許可の裁判は、増改築の許否及びその具体的条件を形成するものであり、直接借地権の存否について既判力をもつて確定するものではないが、その判断が前提問題となるときはその限度でその審理判断もできるのであり、その判断の結果借地権が消滅していないとの判断に達した場合は増改築の許可に関する裁判をすることができる。したがつて、別訴で借地上の建物朽廃を理由とする借地権消滅に基づく借地明渡訴訟が係属していても、その判決が確定するまで借地非訟事件として裁判をなしえず裁判手続を中止しなければならないものと解する必要はない。もつとも右借地非訟事件の裁判の前提となつた借地権の存否についての判断は既判力を有するものではないから、後に民事訴訟においてこれと異なる判断をすることは妨げなく、その意味で両者の抵触を事実上避けるため配慮することが望ましいけれども、それをしないからといつて違法とすることはできない。本件において、本件建物が朽廃したことは記録上これを認めうる証拠はないから、本件借地権はなお存在するものとして本件、増改築許可の裁判をした原審の裁判手続に瑕疵はない。抗告人のこの点の主張は失当である。
抗告理由二及び附帯抗告理由について
抗告人は、原決定には、鑑定委員会の意見である財産上の給付額金一三〇万円を理由なく減額した違法があり取消を免れない旨主張し、附帯抗告人は、本件許可の裁判は、財産上の給付を条件とすべきではないのに、原決定が附帯抗告人に財産上の給付として金四〇万円の支払を命じたのは失当であると主張する。
借地法八条の二の四項により増改築許可の際の財産上の給付額を決定するにあたつては、借地権の残存期間、増改築により結果的に延長される借地期間、土地の状況、借地に関する従前の経過事実ことに従前及び将来における地代その他地主の得らるべき財産上の利益、地主の借地明渡請求の有無及び請求の当否の度合、期間満了の際の地主の更新拒絶権の制限の程度及び建物買取請求どの関係、増改築禁止特約がある場合その特約解除の対価性、増改築する建物の構造及び程度、建物収益増による地主への利益還元などの一切の事情について考慮すべきものと解するのが相当でおる。本件において、本件借地の残存期間は約一六年とみられること(更新の昭和四七年一月一日から二〇年と解される)、本件の増改築がなければ右残存期間満了以前に建物が朽廃して賃貸借が終了する可能性もなくはないこと、しかし増改築により本件建物の命数は少なくとも二〇数年延び、これに伴い借地期間は残存期間より更に約一〇年は延長されるものとみられること、本件借地は宇都宮市内の繁華な商店街でその周辺には中層ビルも相当あり将来発展の可能性があり、その更地価額は約金二、一四六万円(3.3平方メートル当り金一二万円)で、その借地上に相手方所有の三棟の建物が建築され、その一棟は居宅、他の二棟は相手方の営業である餅菓子の製造工場及び倉庫であり、通常の住家所有のみの場合に比し土地使用の経済的価値の高いこと、本件借地契約は相手方の先代と抗告人先代間で大正七年に締結され、当初から普通建物所有の目的であり、その後右契約は何度か更新され、昭和四七年一月一日さらに更新されたが、従前は地代(現在額は3.3平方メートル当り月金一五〇円)のほか、何ら権利金その他財産上の給付がされていないし、将来財産上の給付をすべき約束もないこと、地主である抗告人が別訴で借地明渡訴訟を提起し、借地の継続使用を望まない態度を持していること、本来の期間満了の時は昭和六六年一二月三一日であつて、現在では抗告人が更新拒絶につき正当の事由があるかどうか及び本件建物ことに増築部分の買取請求についてはまだ現実性がなく、本件では余り考慮の価値がないこと、本件借地契約には増改築禁止の特約があり、(相手方はこれを争うが証拠上認定することができる)特約を解除する対価を考慮するのが相当であること、相手方が増築しようとする建物は、原決定目録(二)記載のとおり一階14.28平方メートル(台所、洋間)、二階52.99平方メートル(倉庫)であり、既存部分(平家)37.26平方メートルに対し増築後は延床面積104.54平方メートルに達し、相当規模の工事であること、この増築によりさらに従前以上に相手方の営業上建物の効用が高まり本件借地利用の効率が増大することなどの事情が認められ、本件においてはこれらを考慮するのが相当である。これによると、相手方が抗告人に対し増築許可の条件として、財産上の給付をすべきであり、その額は、鑑定委員会の意見のとおり金一三〇万円をもつて相当する。もつとも、鑑定委員会の意見書中には必ずしも右の諸事情のすべてにわたつて記載されているわけではないが、その意見書の全趣旨からみればこれらの諸事情をも十分に考慮した上で出された結論であることが推認される。また委員会の意見では右金額中にはいわゆる更新料を含むとするが如くであり、そうだとすれば法が借地人に与えた法定更新の保護を奪う結果となりかねないとする原決定の所論ももつともであるが、すでに前記説示の如く、本件増改築がなければ期間満了前に朽廃による賃貸借終了の可能性もなくはなく、反対に本件増改築により現存の期間満了時に再び法定更新の可能性も開ける本件においては、いわば将来における更新料をそのことの基礎条件の形成される現在において支払わしめんとする意味をもつものとすれば決して不合理ではない。従つてこれと異なる原決定は失当であるからこの附随条件として金四〇万円を超える支払を認めなかつた部分につき取消を免れない。抗告人のこの点に関する主張は理由があり、附帯抗告人の附帯抗告理由は失当である。
抗告理由三について
抗告人は、本件建物の増築後は本件建物及び本件借地の利用価値が増大するから賃料を3.3平方メートル当り月金三〇〇円に増額すべきであると主張する。しかし、本件借地の賃料が増築後3.3平方メートル当り金三〇〇円に増額するのが相当であるとの証拠は存在せず、鑑定委員会の意見は3.3平方メートル当り月金一五〇円とするのが相当であるというところ、当事者間では本件紛争が生じた後の昭和五〇年一月分から従前の地代を3.3平方メートル当り月金一五〇円に増額する旨合意し支払つていることが認められる。増築により本件建物、本件借地の効用が増大することは前記のとおりであるが、その地主への還元分は、当分は右地代の増額の程度に止めるのが相当でありこれをさらに3.3平方メートル当り月金三〇〇円に増額するのは相当ではない。この点の抗告人主張は採用しない。
よつて、原決定中財産上の給付として相手方が抗告人に対し金四〇万円の支払を命じた部分を、金一三〇万円の支払を命ずることにその条件を変更し、その他の本件抗告及び附帯抗告はいずれも理由がないのでこれらをそれぞれ棄却することとして、主文のとおり決定する。
(浅沼武 蕪山厳 高木積夫)
即時抗告申立書、抗告理由、附帯抗告状《省略》